手なら、貸してあげる



「今夜――」
「最近」
「うん?」
「断られること前提にそれ言ってきてない?」
「ま、そういうとこはあるかな」
「本当にそういうときだけにしていただけます?」
「それなら断らないか?」
「まぁ……」
「じゃあ今だ」
「は?」
「今」
「お断りしますね」
「待て」

 いつもだったらそこで話は終わっていた。どうしようもない話だとさっさと終わらせてその場を去ろうとしたら手首を掴まれる。そのまま引き寄せられ後ろから捕まえられた。
「あんたはいつもそうやって断られれば終わりだと思ってるだろうがな、こっちはいつも我慢してるという事を忘れてもらっちゃ困る」
 声の感じからして怒ってる訳ではなさそうだけど、かといってふざけてる感じでもない。
「ただ自分の欲を解消したいだけなら妓楼にでもなんでも行けばいいじゃない」
 私もしたいのならともかく、一方的に"使われる"のは癪だし、なによりまだ日も高い時間だ。
「あんたは俺の妻だろう」
「そうだけど」
「そして俺のことを好いている」
「まぁ……そう、だけど」
「好いた相手が求めているなら応えたいと思うもんじゃないか?」
 痛いところをついてくる。
「それはそうだけど……毎回付き合ってたらこっちの身が持たない」
 好いている相手だもの、応えてあげたいとは思う。それに身体の相性が悪いわけではない。むしろ……いい、はず。それ故に、毎回こっちが翌日に響くまでされるのはさすがにつらいわけで。お互いの気持ちを確かめることってそれだけじゃないし、その事ばかりに執着しなくても、と私は思ってる。
「それはあんたがかわいい反応をするのが悪いだろ」
 責任転嫁してきた文和のつま先をかかとで踏む。うめき声が聞こえたが、まだ離してはくれない。
「俺も譲歩しようと思ってな」
 私の耳に顔を近づけ、耳元で秘密でも伝えるように囁いてくる。
「譲歩?」
「手を貸してくれればいい」
「手伝えってこと?」
「そうだ。二つの意味でな」
 二つの、意味。少し考えてその意味が分かるとため息が出た。確かに私にとって負担は少ないだろう。けど、
「文和ってそういう趣味なの?」
 手首をつかんでいた手が指を絡めてくる。指と指の間に文和の指が入り込み、その感触から指を、そしてそこを使って何をしようとしているのかを意識してしまう。
「全身で手伝ってもらったほうがうれしいがね」
「それは嫌」
「あんただって断り続けるのは気が引けるんだろ。ここが落としどころだと思うが」
 耳元でゆっくりと言い聞かせるように低い声で囁かれる。絶対に嫌、と言い続ければ諦めてくれるのはわかっている。でもこういう話し方をしてくるときは向こうも簡単に折れる気はない時だ。ならば、提案にのってあげたほうが今後のためか。
「……手を貸すだけだからね」
 なんだかんだで私のほうも甘くなっているという自覚はある。でもそれで平穏にやりすごせるならと思い振り返ると、文和のにやりと笑う顔が目に入り、やっぱり少し早まったかなと思った。

 手を引かれ寝室に入る。まだ日は高く、部屋は明るい。夜と違ってすべてが見えてしまう。なんだかとてもいけないことをしようとしているような、そんな気分になる。それに、嫌な予感がひとつある。文和のことだ、このまま彼の調子に合わせていればなし崩し的に貸すものが手だけじゃ済まなくなる気がする。それだけはどうしても避けたい。
 文和が寝台に腰掛け、私にも座るよう促す。靴を脱ぎ、隣から後ろに抜け、そのまま抱きしめる。その背中と髪から嗅ぎなれた彼の匂いがする。
「お、協力的じゃないか」
「手を貸すって言ったからね」
 上着の紐を解き、肩から脱がす。肌への距離が近くなり、彼の背中からの熱がさらによくわかる。脱がしながら右手を脇腹から腰へ太ももへと移動させる。額を背中につけてしまえば、私からは何も見えない。見えなければ、していることへの羞恥心も多少はやわらぐだろう。これからすることは大したことじゃない、ただ、手を貸すだけ。そう心に言い訳をしながら太ももに置いた手を段々と内側へ寄せれば、それに当たる。まだなんの変化もない。そういう気分、というわけじゃないのに手伝えと言ってきたの?
 少しむっとしながら、左手でお腹の当たりを抱きしめ密着する。右手でそこを服の上からゆっくりと撫で、目を閉じて集中する。指先で根元からなぞり、手のひらで先端を撫でる。何度かそんなことを繰り返せば少しずつそれが形を表してくる。苦しそうだなと思い、服の隙間に手を伸ばす。隙間から中に侵入させて、右手とそれの間を阻むものを取り去った。しっとりと熱を帯び始めたそこに直接触れると、同じようにゆっくり撫で続ければさらに大きく硬くなり始める。手のひら全体で包み込むよう撫であげ、指先で擦るように触ったり反応を試しながら触り続ける。
「上手だな」
 褒められて嬉しいとは思わない。むしろ恥ずかしい気持ちが強い。後ろに回り込んでよかったと心底思う。たぶん今、私の顔はきっと赤くなっていて、そんなのを見られたら、文和になんて言われるか分からない。さらに顔を押しつけながら、この熱がバレないようにと願った。
 そんなことを考えながらも右手を動かしていればそれは固く持ち上がってくる。優しく掴んで上下に擦る。文和からはどう見えているんだろう、と顔の方を見ても、彼から私が見えないように私からもその顔は見えない。
 少しずつ力を込めて握り擦る。文和の背中から響く鼓動が少しずつ早くなって、聞こえる吐息が大きくなっている気がする。
 そっと左手を伸ばし、それの先端に触れる。ぬるりとした感触が手のひらに広がる。右手で扱きながら、左手で文和の先走ったものを使って撫で回す。文和の腰が引いた。
「……痛い?」
 もしかして痛くてしまったかもしれないと思って手を止める。
「いや……大丈夫だ」
 そう言って深く息を吐く音が聞こえたかと思うと、私の右手の上に自分の手を重ねる。そのまま私の手でそれを握らせ自分の手で扱き始める。まるでこういう風にしろと言わんばかりに。
「左手を」
 そう言われて左手でまた包み込み撫で回す。
「こう?」
「あぁ……」
 肯定とも快感のため息ともとれる声が聞こえ、その呼吸が次第に荒くなる。いつもだったら私に余裕がなくて気づかなかったけど、文和もこういう声を出すんだ、と知った。
 右手の中でそれが大きく跳ねる。
「イきそうだ……っ」
 そう切なそうに呟くのが聞こえると、右手の動きがさらに早まり、そのうちに左手に熱いものが零れた。

 右手で残りがないよう根元から絞ると荒い呼吸のままの文和がビクリと震えた。
「ね、拭いて?」
 左手は文和からでたものでベタベタと汚れている。
「貸したんだから、きれいにして返してよ」
 腕の中で力が抜けたようにもたれかかってくる文和にやることはやったんだから、と左手を見せつけるように開く。文和は気だるげに動くと、寝台横の棚から布を取り出し私の手を拭いてくれる。きれいになった手で文和を抱きしめた。
 その手の上に文和の手が重なる。
「また、ご協力願えるかな?」
「また、これをやるの?」
「嫌なら別のところを借りさせてもらうが」
「なんで借りられると思ってるんでしょうね」
 ごつんと頭を肩にぶつける。少し要求を呑めばすぐこれだ。でももうしたくない、という気持ちの中にちょっとだけ自分で文和を気持ちよくさせられたことが嬉しい気持ちがあった。だけど、これは絶対に知られるわけにはいかない。私だけの秘密だ。