金の鎹
それは雨の日の午後だった。
午後に自室で筆をとっていると、扉が叩かれる。入室を許可すると入ってきたのは妻だった。その顔は不機嫌なのか無表情で固まっている。何事かと思いその姿を目で追えば、無言のまま俺の横を通り過ぎぽすりと音を立てて寝台に倒れこんだ。
「真昼間から情事をお求めとは」
と、からかってもうつ伏せに倒れた姿からは返事がない。
無言で仕事中の俺の寝台に上がるとはいい度胸だ。立ち上がり、寝台に向かう。倒れたままの妻の上に覆いかぶさると、髪につけた香油の匂いだろうか。湿度のある彼女の匂いと共に少し甘い香りがする。その香りを感じながら首筋に唇を落としても、その身体がふるりと震えただけであとは何も反応がない。
「本当に襲っちまうぞ」
と耳元で囁けば、小さな声で
「好きにすれば」
とだけ返ってくる。
無言と、しとしとと雨の降る音だけが二人の間にはあった。怒りもせず、悪態もつかない。いよいよいつもと違う様子にどうしたものかと考えていると、ぬっと右腕が突き出された。その手首には見覚えのある腕輪がひとつ。
なるほど、それでか。
手首から腕輪を抜き取り、目の前にかざす。それは何かにぶつけたのか見事に凹んでひしゃげている。謝りに来たのなら直ぐにそうしただろう。となれば。
「新しいのを買ってやろうか?」
「文和ってまだ私のことわかってないのね」
うつ伏せになっていた妻がようやくこちらを向く。
「うちの奥様は気まぐれで有名だからな。さすがの俺でもまだまだ読み切れんのさ」
「そ、じゃあせいぜい考えてくれる?」
そういうと腕の下からするりと抜けて、起き上がる。
「報酬は?」
扉に向かう背に向かって問いかける。
「この俺に頼むんだ。高くつくぞ」
「好きにすれば」
扉に手を掛けながら振り向いた顔は、少しだけ笑っていた。