四月 素直さにぬくもり



 私は今、文和に背負われている。
 なんでこうなったかといえば、用事で共に出かけた帰り道で彼のいつもの軽口に呆れ、さっさと先に帰ろうとした時、通りかかった荷馬車に轢かれそうになった。文和が後ろから手を引っぱったので轢かれずには済んだけど、変な転び方をして足を捻ってしまったのだ。

 いつもだったらそれでも手を借りるなんてことしない。でも、まだ家までは距離があるし、乗れと言わんばかりにしゃがんで背を向けられたらさすがの私でも少し断りづらい。怪我の元は文和の軽口のせいだ、と自分を納得させて背中に乗ることにした。
 人に甘えるのは正直苦手だ。借りができるのも嫌だし、弱みを見せるのも嫌だ。
 肩に手を置き少し背中と間を少し空ける。いつも違う目線の高さにこの人はいつもこういう目線なのかと思う。

「落ちそうだからちゃんとくっついてくれ」
 重心がずれると支えにくいのだろう。ひょいと持ち上げ背負い直すと文句を言われた。落とされても困るし、肩に置いていた手を前に出し文和の胸の前で手首を掴む。
「えらく素直だな」
「……」
 背中と密着することになり、顔が近づく。頬に髪が当たる。髪の揺れる感触、匂い。体温の温かさ。
 この人の事を一つずつ知るたびに、自分の中に入り込んでくることが嫌だ。それが当たり前になることが嫌だ。
 思えば、なんでこの人は私を傍に置こうとするんだろうか。会えばロクな目に合わせてないのに。人に自慢できるような妻でも、決して安心できる存在でもないだろうに。
 ……きっといつかは飽きるだろう。それまでの辛抱だ。揺られながらつまらないことを考えていたらいつの間にか肩に頭を預けていた。彼はこれを甘えていると捉えるのだろうか。チラリと顔を覗いても、彼は前だけを見て珍しく何も話しかけてこない。
 ……なれないことをするから変なことを考えるんだ。もう家に着くまで何も考えないでおこう。ズキズキと痛む足を幸いと、その感覚だけに集中しておくことにした。





 あっと思った時には遅かった。間一髪手を掴み寄せ轢かれることは無かったが、力任せに引っ張ったせいで足を捻らせてしまった。家まではまだ遠い。ほれ、と背中を向けると意外にも素直に乗ってきた。

 本意では無いのだろう、背中に身体をくっつけないため、ずり落ちそうになる。持ち上げ直し、ちゃんとくっついてくれと頼むと、また意外にも身体を寄せてきた。素直だな、とうっかり漏らしてもいつもなら文句や反抗の一つもしてきそうなものなのに黙って大人しくしている。
 明日は槍でも降るのか?なんて考えていると、ふわりと花の香りが漂う。髪飾りを贈ってもろくにつけもしないが、花を贈るとこうしてたまに髪につけてくれる。子供のように肩に頭をつけ、俺に全身を預けている。これはいよいよ珍しい。

 契約とはいえ夫婦の契りを交わし、共に住むようになってからしばらく経つが、この娘は未だに一定の距離を空け、必要以上俺を頼ろうとすることはない。あくまで契約上の関係だと警戒を解かない。その油断のなさや芯の強さは俺の妻として申し分ないが、男としてはそろそろ物足りなく感じていた。
 折を見ては贈り物をしたり、共に過ごすように時間を割いたり、俺なりに気持ちが伝わるよう動いてきた。が、大体は敬遠され、素っ気ない態度は変わらなかった。流石の俺も人の心までは読み切れん、と己の才もまだまだと思っていたが。もし、もしも今日の素直さが今までの積み重ねの結果だとしたら……。こぼれそうになる笑みを抑え、愛おしさを落とさないよう大事に背負い直した。