二月 蜜柑と焼き菓子



蜜柑

「蜜柑をもらったんだが食べるか?」
「食べる」
 一緒に住み始めて分かったことがある。この娘、案外食い意地がはっている。普段なら寄っても来やしないのに、美味しいものがあるとなると素直に近づいてくる。早くよこせと言わんばかりの顔に向かって、剥いたひと房を向けた。
 訝しげな表情をしながら受け取ろうと手を出してくるが、それにはわたさない。取られないよう手を引っ込め、さらに手を伸ばしてこようがそれも避ける。
「なんなの」
分かりやすく不機嫌な顔になり始めたが、食べ物で釣るならまだ殴られはしないだろう、ともう一度目の前に手を向ける。
「食べないのか?」
 差し出された蜜柑と俺の顔を見比べると、ふっとその眼をほそめた。おもむろに口を開き
「食べる」
と言い、俺の手を掴んだと思ったら、指ごとそのまま蜜柑を口にした。
 ちゅっと吸う音がして唇が人差し指から離れる。
 挑発的に俺の目を真っ直ぐに見つめ、濡れた唇を舌で舐め取りながらこう言った。
「思ったより甘いのね」


焼き菓子

 外から帰ってきたと思えば何やら甘い香りを漂わせている。食い意地がはっているのはもう分かっているので、きっと外でなにか買ってきたのだろう。俺には目もくれず横を通り過ぎると手に持っていた包みを開き、中のものを取り出す。
 匂いの正体は狐色に焼き上がった菓子だった。棚から皿を取りだし、ひとつふたつと盛っていると、俺の視線を感じたのか、その手が止まる。
「まさか子供みたいにおやつが欲しい、なんて言わないでしょうね」
 唇の端を上げながら俺に問いかけてくる。初めの頃は多少イラつきもしたが慣れてしまえば可愛い挑発だ。
「子供みたいに、というのは否定したいところだがひとつ食べてみたいものだね」
「あら珍しい」
 菓子はいくつか形があるようでそのうちのひとつを取り出し俺に差し出してくる。受け取ろうと手を伸ばすと引っ込める。この前の蜜柑の仕返しらしい。
「食べないの?」
 ニヤニヤと笑いながらまた差し出してくる。蜜柑の時にされたような事をそのままし返そうとしても恐らく避けられるだろう。別の手でひとつ、この娘を困らせてやろう。
「食べるさ、さぁ食べさせてくれ」
 あ、と口を開けて反応を待つ。最良で負けず嫌い故に素直に従い、最悪で投げつけて悪態をつく程度と行動を読む。さて、どちらで来るかと顔を見ると、ものすごく嫌そうな顔が予想通りでより楽しくなる。
「まだか?待ってるんだが」
 口を指さし挑発してやると、さらに眉間に皺を寄せる。苦虫を噛み潰したような顔で俺の口に菓子を運ぶ。歯で菓子を受け取ると、引っ込めようと動いた手を握り、そのまま菓子を1口食べる。
「うん、甘いな」
「そりゃお菓子ですからね。手、離してもらえます?」
 言葉を無視して手を掴んだまま彼女の眼を見て笑う。
「知っているか?この形は異国では心臓を表すそうだ。つまりあんたは俺にその心を差し出して食べられた、というわけだ」