一月 黒髪に紅梅
あれからひと月ほど経った。
結婚して早々に年末年始の支度と行事をする、ということを俺は甘く見ていたらしい。今まで全て使用人たちに任せてばかりで知らなかったのだからしかたないだろう、と言い訳をさせて欲しい。契約したことはこなすと言っていたとおり、彼女は慣れないであろう夫人としての采配をこなしてくれた。嫌味と睨みを大量に浴びせられはしたが。
この娘、今までの機会からは分からなかったが、仕事に対しては真面目らしい。分からないことがあれば聞くようにと伝えておいた下女頭に素直に聞きに行き、俺の判断が必要なことがあればちゃんと俺に確認をとりに来る。期限は守るし、勘定もきっちりと合わせてある。何かの用事で部屋の様子を見たときに今までに教えた事柄を竹簡に記して並べてあったのには少し笑ってしまった。見送りと出迎えも欠かさずにする。
家の仕事をこなす、という役割においては俺の目は間違っていなかった。今まで全てを任せていた下女頭に聞いてもその働きぶりを大層気に入ったらしい。じゃじゃ馬だとおっしゃっていたが素直で真面目なよい方だ、嫁がれて早々に大仕事を片付けられたのだから贈り物の一つでも差し上げてはいかがかと俺に言ってきた。
もともと下女として働きながら裏家業をしていたような娘だ。ここに来た時もほとんど私物がなかった。装飾品はほとんどつけていないし、衣服も結納金代わりといくつか仕立ててやったものだけのような気がする。仕事に対して正しい評価はするべき、か。
城から帰り、玄関に入り出迎えをうける。自室に移動するまでの間にいつの間にか恒例となっていた報告と確認を受ける。聞きながら帰りに買ってきた耳飾りの入った箱を懐から取り出し妻となった娘にわたす。
「ほれ、大仕事をがんばってくれたからな。お疲れさん」
「なんですか、これ」
「開けてみればいいさ」
ふぅん、とあまり興味がないような返事をした後箱を軽く振りコツコツと箱に中の物が当たる音を聞くとそのまま小脇に挟み、また確認の話に戻る。何を渡したのかわかっているのかわかっていないのか。箱の大きさや重さで大体想像はつくと思うんだが。ま、開ければ喜ぶだろう。と、その時は軽く考えていた。
翌朝見送りの時に顔を合わせてもその耳にはなにも飾られていない。
「おい、耳飾りはどうしたんだ」
「耳飾り?」
「昨日わたしただろう」
「あぁ、あれ耳飾りだったんですね。開けるの忘れてました」
悪びれもせず返事をする。せっかく夫から贈られたものを見もしないだなんて。
「あとで確認してきます」
睨まれたとでも思ったのか、娘は一つため息をついて言い訳をした後、目線をそらした。
その後数日たっても身に着けているところを見ることはなかった。
「ほれ」
「今度はなんですか?」
さらに数日後また箱を一つ渡す。この数日の間になぜ身に着けないのかを考えていた。もしかしたら意匠が気に入らなかったのかもしれない。前回は店で勧められるままに買ったものだった。俺の妻に、とだけ伝えたので若い小娘には渋すぎたのかもしれない。今度は大体の年や見た目を伝えて選んだ。
「開けてみればいいさ」
箱を指さし、今ここで開けるよう示す。娘が箱を開けると中には金の飾りのついた腕輪が一つ。華奢で簡素な作りだが、細かな花の模様が彫られている。
「腕輪、ですか」
箱に入れたまま取り出しもせずに眺めている。
「褒賞として換金するならこちらのほうがいいですね」
「そうじゃないだろ。あんた、簪だってなんだってほとんど持っちゃいないんだろ?俺の妻としてある程気着飾ってもらわなきゃこちらの面目立たん」
箱から腕輪をとりだし、娘の手首につけてやる。娘がつけられた腕輪のその輝きを確かめるように手首を動かす。
「気に入ったか?」
「私の好みではない、ですけど頂いておきますね」
「ああそうかい。あんたに似合うと思ったんだがな」
喜んでいるという表情でも声でもない。娘が後をついてきていた下女に似合う?と聞くと、お似合いですよ、と答えても、そう、と返すだけだ。
次の朝にその手首を見ても、やはりつけてはいなかった。
「なんで着けないのかねぇ。似合うと言ったのに」
「私の好みじゃないですし、邪魔になりますので」
「だったら明日はちょうど休みだ。一緒に出掛けてあんたが気に入るものを探すのはどうだ」
「……別に欲しいとは言ってないんですけど」
「決まりだ。悪いがあんたに拒否権はないぞ」
翌日連れだって街にでかけ、いくつかの店を見て回る。指輪に簪、腕輪に首飾りに耳飾り。素材も金から銀の華やかなものから玉の美しいもの、渋いところで黒檀の艶やかなもの。一人で探すならここまで見はしない。そもそも女ものの装飾品に囲まれていること自体落ち着かない。それを我慢して見て回っているのに、この娘はどれ一つ選ぼうとしない。
「これだけあるんだ。何か一つぐらい気になるものがあっただろ?」
「私が身に着けるものでしょう?私はそもそも必要だと思ってないし、買ったものを身につけさせたいなら、あなたが好きなものをかって、着けろ、といえばいいじゃないですか」
欲しいものがない、と店の者に聞かせるのも悪いと思い娘を押しながら店をでる。
「どうせ送るならあんたが喜ぶものがいいだろう?」
と、自分で発した言葉で気づいた。俺はこの小娘に喜んでほしいと思っているのか?俺がこいつを喜ばせたいと思っていないか?自分の無意識から出た言葉に戸惑っていると、前を歩いていた娘が振り返り俺に言った。
「私が喜ぶもの、ね。だったらあれがいい」
娘が指さした先には一人の花売りがいた。周りに置かれている壺には生け花用だろうか。大き目の梅の枝が何本も刺さっている。あれがいいと指さした先の枝を一本いわれるがままに買う。
「これでいいのか」
娘は何も言わず、差し出された枝からまた一枝を折り、俺の下げている小刀を貸せと言ってくる。渡した小刀で枝の折口を整えると、すっと髪に挿した。
「私に飾るならこれぐらいでちょうどいい」
黒い髪に赤い梅の花が映える。娘の華美でない顔にも出で立ちにもよく似合っている。何も言わないで見ている俺が不満そうにでも見えたのか
「……べつに外の人に会うわけじゃないならこれでいいでしょう」
とすこしむくれた顔をする。
「いや、ふうん。なるほどね。確かにそっちのほうがあんたにはよく似合う」
残された枝も家で生ければしばらくはもつだろう。その間はこの花枝で髪を飾ればいい。
「なるほど、こういうのもいいな」
とふわりと漂った紅梅の香りを味わいながら次は何の花を贈ろうか、と考えている俺がいた。