残香の夢
「賈詡、今晩一緒にどうかな?」
部屋の入口に立った郭嘉殿が開口一番に放った言葉はそれだった。いつものように笑みを浮かべながらこちらに向かってくるとのをちら、と確認すると手元の書類に視線を移す。最近気に入った筆が手に入り、機嫌が良かったところを邪魔されたくはない。
「荀攸殿でも誘えばいいでしょう。」
「それがどうしても外せない用事があると断られてしまってね。たまには賈詡と飲むのもいいかなと思って、どうかな?」
「つまり俺は荀攸殿の代わり、と」
「やだなぁ、そういうわけではないよ」
仕事を邪魔されているのもあって皮肉を込めて返事をするが、相手は何処吹く風だ。
「今晩行こうと思ってるお店は賈詡のほうが楽しんでくれると思ってね」
聞けば店に琵琶を弾く女がいて、なかなかの腕前らしい。
「俺が音楽を解する男だと思っていただけてるなんて光栄ですね」
「ふふ、美しい音楽を聴きながら飲むお酒も、賈詡と飲むお酒も格別ってことさ」
「そういうセリフは女性相手だけにしておきなさいよ」
呆れながら返すと、では仕事が終わった頃にまた来るよ、とさっさと出ていってしまった。
今日終わらせるべき仕事が終わり、仕事道具をまとめていると郭嘉殿が予告通りに来た。
「じゃあ行こうか」
連れていかれた先は名の知れた妓楼で、さすがというほかはない。郭嘉殿が店主らしき人物と二、三言葉を交わすと部屋に通される。席につくと酒と食事が運ばれてくる。
「で、俺を誘うということは一体どういう話が――」
「賈詡は意外と仕事熱心だよね」
言葉を遮り郭嘉殿が笑う。
「今日は仕事の話はなしで楽しく飲もうじゃないか」
女たちが入ってくる。これでは仕事の話なんてできる訳がないし、郭嘉殿にそういうつもりがないことがよく伝わった。諦めて女たちが注ぐ酒を口にする。さすがいい店なだけあって女たちの見目は美しいし、郭嘉殿の贔屓の店なだけあって酒も美味い。接待でもない気楽な席、と城で聞いた噂話や男同士のくだらない話に興じたり、女たちと気まぐれに言葉を交わし戯れる。
すこし酒も回ってきたか、という時にふと思い出し郭嘉殿に尋ねた。
「そういえば例の琵琶の弾き手というのはここにいないんですか」
「ああ、青蓮かい?呼べば来てくれるとは思うけど、ね」
「なんで最後濁したんです」
「ちょっと気まぐれなこなんだよね。そこがまた可愛いんだけど。ああ、ご主人」
ちょうど部屋に来た店の主人を呼び止め、青蓮を呼んでもらえるかい?と頼むと、まだ来てませんでしたか、と主人が慌てだす。店に入った時にも呼ぶよう頼んでいたらしいが、来るか来ないかは本人の気分次第、とは本当に気まぐれな楽士殿のようだ。こういう店では自分を安売りしないためにあえて客を待たせる、というのはよく聞く話ではあるが。主人が呼びに行かせようとしていた時、
「失礼します」
と扉の向こうから声がする。入ってきたのは琵琶を抱えた女が一人。どうやらこの娘が青蓮か。
主人が来るのが遅いと文句を告げても、
「呼ばれると思ってませんでしたから支度に時間がかかりましてね、本日はお呼び頂きありがとうございます」
いけしゃあしゃあと述べると、部屋の隅の席に座る。強気な態度の割には目を見張る美人というわけではない。年は若そうだがそれを隠すように厚めの化粧をしているし、にっこりと笑う顔はこういう商売女独特のうすっぺらさがする。
「やあ、青蓮遅かったじゃないか」
「郭嘉様、あなたが私を待たせた時間よりはずっと短いはずですよ」
そんなに間を開けたつもりはないけど、と言う郭嘉殿の言葉にふふ、と笑い琵琶を爪弾く。バラリ、バラリと遊んでいた音が次第に曲へと変わっていく。なるほど、郭嘉殿が褒めるだけあって演奏の腕は確からしい。曲に耳を傾けながら青蓮と呼ばれたその娘を眺めていると妙な既視感を覚えた。どこかで会ったことがあったか?いや、最近こういう店には訪れていないし、仮に城で会うような女だったら郭嘉殿が気づかないわけがないし、気づいていた
らそう話すだろう。
曲が終わり、娘の手がまたバラリと音で遊び始める。
「何かお聞きになりたい曲はありますか?」
「うーんそうだね……せっかくだし賈詡はなにか聴きたい曲はあるかな」
「……おまかせで」
と娘の方を見るとパチリと目が合う。あの眼だ。数年前の記憶がふっと蘇る。俺をぶち、爪を塗ったあのふざけた娘。向こうは気づいたのか気づいていないのかすっと目を逸らし、次の曲を弾き始める。俺の言った通りにこういう店で働いているとはね……。ちょうどいい、あの時の仕返しをしてやろう。そう思い隣にいた女に、あの娘も買えるのかと尋ねる。
「青蓮ですか?あの子はおすすめしませんよ。それより私とお部屋に行きませんか」
「賈詡の好みが若い娘だとは驚きだね」
女は俺の手を取り見つめ、横から郭嘉殿がちゃちゃを入れてくる。
「別に若ければ若い方がいいって訳じゃないですよ。ただ、あれだけの演奏の名手が奏でる声を聞いてみたいと思っただけで」
「なら、余計におすすめはできませんね」
郭嘉殿に酒を注いでいた主人が話しだす。
「態度から分かるかもしれませんが、随分と癖の強い娘でしてね。気に入らない相手だと噛み付くんです」
その噛み付く、は例えか事実そのままか。
「かまわないさ、それぐらいの方が楽しめるってもんだ」
主人に交渉を頼むと、忠告はしましたからね、と言い残し琵琶を弾いている娘の元へと向かう。演奏の手を止め、娘が主人から話を聞くとこちらをちらと見て少し考え、主人の耳元になにかを囁く。主人が眉をしかめたのを見て、断られたかと思ったが娘は琵琶を抱えたままこちらに向かって歩き始め、俺の後ろに回り込む。
「どうぞ」
と出された娘の左手に自分の手を重ねるとそのまま部屋へと案内される。後ろに見えた郭嘉殿の笑顔は気になるが、見なかったことにしよう。
通された部屋には強い香が焚かれていた。
「随分と甘い匂いだな」
あまりの強さに一瞬目眩を覚え、思わず顔をしかめると娘が振り返りながら答える。
「こういう場所にはぴったりの香りだと思いますが、お嫌いですか?」
「いや、服に染み付いてしまいそうだと思ってな」
「いいじゃないですか。残り香を嗅ぐ度に私のことを思い出してくださいな」
娘は薄暗い部屋の中で笑みを浮かべながら俺を寝台に座らせ、その隣りに座る。
「それにしても物好きな方ですね。わざわざ私をお選びになるとは。楼主に忠告されませんでした?きっと無駄金を払ったと後悔なさいますよ」
「いや、そんなことはないね」
では、と娘は立ち上がりあなたのために一曲奏でましょうか、それともお酒をお召になりますか?と机に向かいながら提案する。そのどちらも断ると振り返り、袖で口元を隠しながらくつくつと笑う。
「余裕のない人は好かれませんよ」
と片眉をひそめて笑う娘に近づき、その腕を掴む。
「俺のことを覚えてないと言わせるつもりはないが?」
一瞬の間の後、唇の端を吊り上げあの眼を俺に向けた。
「あら、小娘の様に会いたくて恋焦がれていらっしゃたのかしら?」
娘が1歩近寄る。
「それともまたぶたれたいのかしら」
娘はあの時と同じ様に右手を振り上げた。だが、あの時と同じように縛られているわけではない俺は簡単に受け止める。そのまま背中に腕をねじりこみ寝台の上に押し倒す。
「もっと大事に扱ってくださる?私、商品なので」
「客に殴り掛かる商品がどこにいる」
右手をつかんだまま娘の帯を取り、左手と一緒に縛り上げ身体を反転させる。解かれた衣服の隙間から若く白い肌が見える。
「さぁあんたをどうしてしまおうか」
「どうとでもお好きにすればいいわ。あなたは私を買ったんだもの」
「ふむ、じゃあ"お好きに”楽しませてもらおうか」
はだけかけた胸元に手をやり、一気に広げる。
「そんなにがっついて初めてでもあるまいし」
恥ずかしがることもなく、俺を見下すような目つきで笑っている。
開いた胸から甘い香りがひろがる。そんな口をきけるのもいつまでだろうなと、娘の乱れる姿を思い描く。しっかりと焦らしてゆっくりと溶かしてやろう。
脇から手を入れゆっくりと胸までなぞる。慎ましい膨らみは若さの象徴のようにきめ細やかな肌で艶めいている。まだそこにはなにもしない。指の背で膨らみの縁をなぞり揺らす。
「なにしてるの?」
「あんたの可愛い膨らみをな、堪能してるのさ」
「おじさんらしい言い回しね」
「お好きに楽しむと言っただろう」
少しずつ指先を中心に寄せては返しくすぐるように肌の感触を味わう。円を描くようにくるくるとその周りをなぞると、後ろ手で縛っているぶん身体が反り強調された先端が少しずつ形を現し始める。
「口でどう言おうとも、ここはしっかり反応するみたいだな」
「冷たい風が吹けば鳥肌が立つ、それと一緒。そんなことも知らないの?」
「なるほど、なら何も感じてないと」
「そういうこと。触り方が下手
」
「それは悪いね」
強がりもここまでくれば可愛く思える。言葉とは裏腹に身体はさらに胸を反らせもっと触って欲しいとねだっている。
ぷいと横を向いてしまった顔を見ながら固くなった先端を優しくなぞる。触れた瞬間娘の身体が震え、笑みがこぼれそうになる。いや、零れていたのかもしれない。あれだけ生意気な口を叩こうともこうなってしまえば可愛いもんだ。
掌で撫でまわし指先で摘み爪で弾き、と手を変える度にピクリピクリと身体が反応する。態度とは反対に素直な身体を楽しみながら弄ぶ。
特に反応の良かった触り方を続けてやると少しずつ体の反りが大きくなり、息が粗くなる。声こそ出さないが、ついに体をよじり大きく強ばった。
「今、達したな?」
「なにを……いってるんだか」
「強情を張るのもいい加減にしたらどうだ」
「うるさいっ!」
勢いよく飛んできた脚をいなし、ふくらはぎを掴み肩にかける。
「うん、いい眺めだ」
「それで仕返ししているつもり?ぶったほうが簡単なんじゃなくて?」
「生憎女をいたぶる趣味は持ち合わせていなくてね」
頬を上気させながらも睨みつけ健気に言い返してくる顔を眺めながら、持ち上げた脚から漂う甘い匂いに鼻を寄せる。
「このままねじ込んでもいいが、それじゃつまらないだろう。夜は長いんだ、ゆっくりさせてもらうさ」
ふくらはぎに唇をよせ、軽く歯を立てる。
「いたぶる趣味はないんじゃなかったの?」
「あんたにぶたれた時はこんなもんじゃなかったぞ」
「跡はつけないでよね」
「鼻血まで出させたヤツが言える言葉か」
「年若い娘と中年男の価値が同じだと思ってるの?」
「よくこんな状態でそんな悪態をつけるもんだ。素直に負けを認めたらどうだい」
「負け?最初から勝負にすらなっていないのに?」
「そうだな、俺に買われた時点でこうなることは決まっていただろう」
「……勝手にすれば」
娘は鼻で笑い、あの眼で俺を睨んだ。
「言われるまでもなく勝手にさせてもらうさ」
脚の隙間に手を這わせれば既にぬるぬると蜜が溢れており、指で撫でればくちゅくちゅと淫らな音が鳴り響く。娘にも聞こえているだろうか。せめてもの恥じらいかそっぽを向いているその耳に届いていたらいい。
指に蜜が絡みつき、蜜の泉から離せば糸が垂れる。既にここまでできあがってるのならば中を刺激してやったらどうなるか、楽しみでしかない。ゆっくりと割れ目に指を当て指を中へと侵入させる。一瞬身体に力が入るが抵抗することなく娘は指を受け入れた。少しずつ指を押し込み、反応のいい場所を探す。優しく軽くゆっくりと。少しの反応も逃しはしない。ぬるぬるとした中は温かく滑りが悪くなることもない。あの娘のここが俺の指を受け入れているのだと思うだけでも楽しい。そう考えながら指を動かしていると娘の内ももにぎゅっと力がはいる。ここか。弱点が見つかればそこを突く。反応があった場所を軽く叩くと身体が強ばり腰が動き出す。逃がしはしないと太ももを抱き寄せさらに刺激を続ける。
「は……ぁ……ふっ……」
声こそ出さないものの息は荒く乱れ、快感が溢れていることを物語っている。
「まったく、甘い声のひとつでも上げてほしいもんだね」
「こっちこそ……甘いっ声のひとつでもっ……上げさせて……いただきたいん……ですけどっ?」
絶え絶えにしか話せないくせに抗う言葉がむしろ愛おしくすら感じる。
「まったく素直じゃないな」
脚を押し上げ耳元で囁く。指の動きを激しくするとぐちゅぐちゅと淫猥な音が部屋に響き渡る。
「こっちはこんなにも素直だって言うのに」
「うるさいっ」
「うるさいのはあんたのここだろう」
弱点は分かっている。焦点を合わせ執拗に押し当て叩き擦る。指が動く度に素直な口からは乱れた声が響き、ひねくれた口からは粗く息が盛れる。
「いやっ……やっ……」
とうとう嫌がる声が漏れだした。
「嫌がっても無駄だ」
声も、捩り逃げようとする身体も無視して責め続ける。浮き上がる腰も紅潮した頬も固く閉じられた眼も全てがその時を示していた。
「ーーーーっ!!」
娘の全身がひきつり仰け反る。数秒の痙攣の後、力が抜ける。俺の指を離したくないとでも言うように締め付けたくせに、それでもまだ声を出そうとしない態度が加虐心をそそる。
息をするのがやっとの娘の耳元で教えてやる。
「これで終わりだと思ってないだろうな」
息を飲んだ音を聞き、指をまた動かし始める。
もう何度達したのだろうか。
かき混ぜる指が増え、何度か抵抗しようともがいていた脚も動かなくなり、声を抑えることもできなくなっても、動かせば律儀に反応を繰り返す。固くなった芽を擦ればすぐさま身体は反り返り、びくびくと痙攣と絶頂を繰り返す。拒否の言葉が何度か聞こえた気がしたが、そんなものは聞こえないふりをして身体に快楽を叩き込む。
「あっ……っ……はぁ……んっ」
喘ぎとも呼吸の漏れともつかない声と水音だけが響いていた時間もそろそろ終わりにするか。名残惜しく抜き出した指はとうにふやけ、皺が寄っている。娘の口元に指を差し出す。
「口を開けるんだ」
弱々しく開けた口の中に指を差し入れる。仕事上の反射か本能か、とろんとした目で口元に差し出された指を見つめ自らの体液が着いたものを躊躇うことなく舐める。初めの頃の小癪な態度と打って変わっての従順な態度が俺を満足させる。
指先から指と指の間、根本までちろちろと丁寧に舐める娘の頭を撫でる。
「いい子だ。いい子にはご褒美をやらないとな」
先程まで指が入っていた場所にそれを押し当て、もう焦らしは必要ないだろうと一気に差し込む。何度も絶頂に達していた中はちょうどいい圧と滑りで難なく俺を迎え入れる。
「あっ……あっ……やだっ」
「今更やだもなにもないだろう?」
奥まで達し、力無く首を振る娘にもう抵抗する余力はないだろうと拘束を解く。開放された両腕は顔を隠そうと動く。ここまでしても羞恥心を持っている様を可愛いと言わずしてなんと言おうか。ゆっくりと腰を動かすとくぐもった声が漏れる。口元を覆った腕を掴むと腕に歯型が着いている。
「商品に傷をつけてはいけないんだったな」
と、これ以上噛まないよう両の手首を掴み引っ張る。頬は真っ赤に染め上がり、涙で潤んだ瞳で俺を見つめる。あの娘が、だ。その表情だけで興奮が頂点に達する。
「中に、だすぞっ」
娘の返事は必要ない。俺は気の赴くままに精を吐き出した。
冷たい風が顔を撫でる感覚で目が覚める。朝の湿った匂いがする。いつの間に抜け出したのか娘は服も髪も全ての支度を整えて窓際に立ち、窓を開けて外を見ている。
「いい夢、みれました?」
振り返ったその顔は昨日の乱れた姿など微塵も感じさせない。恥じらいも憂いも憎しみもない、何事も無かった、とでもいう顔だ。
娘がこちらに近づき俺の手を取り、
「さ、お支度を」
とにっこりと笑い、起き上がった俺の着替えの手伝う。着替えが終わってしまえば、荷物を持たされ、では、また。と声を最後に扉を閉じられる。皮肉もなく惜しみもしないあっさりとした別れはせめてもの矜恃なのか。
服に染み込んだあの甘い匂いを感じながら歩き出すと、背中から琵琶の音が聞こえた。
数日後、気に入っていた筆が見つからずに探していたとき、郭嘉殿がまたいつもの微笑みをうかべて執務室に立ち寄ってきた。
「この前の夜は賈?もいい夜を過ごせたかな?」
いくら探しても筆が見つからないところだったので、多少苛立ちながら答える。
「あなたのおかげで大変いい夜を過ごさせていただきましたよ」
「そう。それはよかった。でも賈詡の遊び方が良くないというのは意外だったね」
「俺の遊び方が良くない?」
あんたに言われたかないよ、と心の中で呟きながら郭嘉に抗議の目を向ける。
「青蓮が店からいなくなったんだ」
店に売られて仕方なく働いていたのではなく本人の意思であの店にいたようで、あの次の日さっさと荷物をまとめて店から出ていったらしい。
「賈?が酷いことをしたからじゃないのかい?」
「酷いこと、なんて人聞きの悪い。至って普通の”お遊び”しかしてないですよ」
「いなくなってしまったものは仕方ないけど、また彼女の奏でる曲が聞きたかったのに、残念だ。まさに名前の通りの女性だったね」
「名前の通り?」
「青い蓮なんて存在しないだろう?ありもしない幻のような不思議なこだったからね」
幻、ね。未だ少し残る甘い香りだけがあの夜を残している。