許昌七不思議
序
「実は……最近城内に不審な噂が増えていて、賈詡殿にはそれを調べてもらいたいのです」
「不審な噂?」
「ええ、どうもそれがその……」
荀彧殿が話しにくそうにしているのを聞き出すと、どうも怪異にまつわる噂ばかりのようだ。
珍しく呼び出された時点で嫌な予感がしたんだが、やはりめんどくさい話が出てきた。
儒教の教えの中でそういう話はしてはいけない、としていてもやはり人間なんてものは怖い思いをすれば誰かに話したくなるもの。しかし、それで場内の風紀が乱れ曹操殿の信頼が揺らぐことになっては困る、ということらしい。
「今回は私もついていきますから」
気が付けば荀彧殿は立ち上がり部屋を出ていこうとしている。
まだ了承したわけじゃないんだが……とも思いつつも、そういう話は嫌いじゃない。
もちろん幽鬼だのなんだのを信じてるようなタチではないし、だいたいそういうものは思い込みや見間違いだと相場が決まっている。単純にそういう話は怖がらせたりして揶揄うのにぴったりだからだ。ま、話のタネにでもなればいいだろうと諦めて、荀彧殿の後ろを追った。
◆ ◆ ◆
一話目 倉庫から聞こえる声
案内された先は倉庫だった。
この使われていない倉庫から、女の苦しいような悲しい声が響いてくるらしい。埃のたまった床や棚、最近使われた形跡はない。いじめられた女官がここで自殺をした、なんて話があればまぁ納得もできるものだが、そういう事実はないと荀彧殿が言った。
しばらく部屋を確認してみたが特に何も起こらず、異変なし……と思っているとどこからともなく女の声が響いてくる。
荀彧殿と思わず目が合う。
二人で確認するように耳を立てると、苦しみ喘ぐような声が……喘ぐ?
「荀彧殿、この下の階は誰の部屋でしたっけ?」
「この下は確か郭嘉殿の……あ」
無言で顔を見合わせ部屋を出て、下の階の部屋のドアを叩く。
「なんだい?今いいところだったのに」
いつもの微笑みを浮かべながら、乱れた服を直そうともしない今回の原因の男が出てきた。肩の後ろをちらりと覗けば同じように乱れた女の肌が見えた。
女を部屋から帰らせたあと、荀彧殿に絞られながら郭嘉殿が、たまたま連れ込んだのが見つかるなんてついていない、と漏らす。
「噂になるぐらいしておいて何を言ってるんですか」
「噂?ここを使うのは今回が初めてだけど?いつも外で遊んでるじゃないか」
怒り顔だった荀彧殿の顔がみるみる青ざめていく。
「そんな……でも、私は確かにひと月前にあの部屋で聞いたのです」
◆ ◆ ◆
二話目 揺れる柳
とある池の中の島にある柳は風もないのに揺れるらしい。それもその池にかかる渡り廊下を歩くときだけ。
単純にこちらに風が吹いてなくてもあちらでは吹いているというだけじゃないのかと思っていたが、実際に見てみると一部の枝だけが揺れている。風が吹いていれば全体的に揺れるはずだ。
島に行って確かめるか、と靴を脱ぎ池に入る。ちゃぽ、と水音が響くと柳の枝にいた鳥が飛び立った。渡り廊下からだと屋根で木の上までが見えず、鳥が見えなかっただけだったようだ。解決解決、とあっけない分濡らした足が無駄になったな、と思いながら元の廊下に戻る。
後ろでまた枝が一本揺れていた。
◆ ◆ ◆
三話目 移動する書簡
書庫で机の上に書簡を置いておくといつの間にか棚に返っているらしい。
試しにひとつ抜き取って机の上に置く。流石に見ていると動かないか……と思いほかの書でも読むかと振り向いたら荀攸殿がいた。いつも通り驚かし、ついでに噂を説明して書簡に目をやると消えている。
まさか……と書簡を置いた場所を見つめていると
「申し訳ない、誰かが忘れたのかと思って片付けたんだが」
と徐庶が申し出てきた。
「親切なのはいいが、一声掛けてくれ」
結局、噂なんでこんなもんだと荀攸殿をつれて部屋を出る。
残された徐庶が書簡の整理をしている。
机の上にはまた書簡が広がっている。
◆ ◆ ◆
四話目 赤い花の樹の下には
その見事な赤い花を咲かせる木の下には死体が埋まっているという。
手っ取り早く確かめればいいかと円匙を手に取り土に差し込む。一尺ほど掘り進めた後これでこの木が枯れたらまずいか?と心配するが、まぁその時はその時だと掘り進める。さらに一尺掘り進め、何も出ないことに自分の行動が馬鹿らしくなりしゃがみこんだ。
クソ真面目に何をやってるんだか……。
ため息をついてふと見つめた先に周りの土とは違う何かが見えた。指先でソレをほじくり出すと出てきたのは一体の土人形だった。最近埋められたわけでもないのに、まさに今引かれたような鮮やかな紅をつけた土塊の女の人形。
気持ち悪さに動けないでいると人形と目が合ったような気がして思わず落としてしまった。
割れた人形は今も木の下にある。
◆ ◆ ◆
案外どうってことないじゃないかと思っていると、前から歩いてきた来た張郃殿に話しかけられる。
「最近怪しい噂を解決して回ってるそうですね」
「そんな大したもんじゃない」
そう答えると
「人の役に立つことは素晴らしいですが、あまり"そういうもの"には触れて回らない方がいいですよ」
と俺の右肩をポンと払いながら去っていった。
◆ ◆ ◆
五話目 人が消える修練場
夕方にひとりで立っていると忽然と消えてしまう修練場。
試しに立ってみると、通りがかった夏侯淵殿に話しかけられ用事を頼まれる。次の日は徐晃殿、またある日は張遼殿と必ず誰かに会う。
なんだ、夕方で人通りが多いから必ず誰かに会うというだけか。と、納得し、その場を離れた。
後ろで地面が揺らぎ、兵士がひとり飲み込まれた。
◆ ◆ ◆
これで五つ。ゆうに半分も通り越し、残りは二つ。
噂はどれも枯れ尾花。まったく怖がるのやつの気が知れないね。荀攸殿を驚かせるネタにはなりそうだが。こんなめんどくさい仕事押し付けられて、まったく、完了させたらなにかいい報酬でも頼んでみようか。
さあさ、さっさと終わらせてしまおう、と次の場所に向かう。
それにしても肩が凝る。事務作業ばかりしてるわけでもないのに。
◆ ◆ ◆
六話目 呼ばれる城壁
その城壁に登ると一本の木が見えた。
特におかしな点はない。しばらく歩き回っていると木に梟が止まった。北東の城壁に梟なんて縁起が悪すぎる……と苦々しく思っていると
……………レ
…………テ……レ
向こうを向いている梟の首が少しずつこちらを向いてくる。
声によばれるように一歩一歩と引き寄せられる。
………………テクレ
城壁の端まで進み鋸壁に手をかける。足をのせようとしてはっと正気にかえる。
頭を強く振り忘れていた呼吸をする。鋸壁を強く握りこのまま進んでいたら……。と下を見ると兵士が一人倒れているのが見えた。急いで人を呼び助けると昨日から行方不明になっていた兵らしかった。
「それにしてもよく気づけましたね。落ちた際に足を折って動くこともできず、助けを呼んでもなかなか気づいてもらえなくて難儀していたようです。声が聞こえてよかったと言っていましたよ」
「そいつはわざわざ確認しに行った甲斐があったってもんだ」
しかしあの時聞こえてきた声は確かにこう言っていた。
コロシテクレ……と。
◆ ◆ ◆
あれから時折声が聞こえる。
そんなはずはない、と頭では理解しているが、一人でいるとき、ふとした時にあの声が聞こえる。
窓の外には梟がいる。
肩が重い。
◆ ◆ ◆
七話目 死に顔の映る井戸
夜に城の外れにあるその井戸を覗くと自分の死に顔が映るらしい。
だがたしかその井戸は枯れていたはずだが……と思いながら件の井戸に向かう。覗き込んでも当然見えない、試しに石を投げ入れても水の跳ねる音はしない。そもそもここでなくても、明かりを持っていたとて夜に井戸を覗いたところで見えるわけがない。
まぁ寂れたところだしそういう噂を誰かがしてもおかしくはないか……。と井戸を背にし、数歩進んだ。
いやまて、今、石の落ちた音がしたか?
――たしか 何も音がしてない。
さすがにそこまで深くはないはず、ともう一度井戸に踵を返す。
石を投げ入れる。
音は返ってこない。
まさか……そんな馬鹿な……と井戸を覗くと、下の方になにか白い……青いようなものがみえる。心もとない灯りを引き寄せ下にみえる何かを確かめようと目を凝らす。ゆらゆらと揺れるそれは段々はっきりとした形を成しそれは見たことのある姿に変わっていく。
そこに見えるのは青い布を頭に巻いた男の姿。
まさか本当に見えてしまうのかこれ以上は見てはいけないと本能が叫ぶ。覗き込んでいた上体をそらそうとした時、右肩を"誰か"に押された。
◆ ◆ ◆
結
「賈詡、あなたはずいぶんと面白いところで寝ているね」
呼びかけられて目覚めれば見慣れた顔が並んでいる。
辺りは明るい。朝か?
「まさか、噂を確かめるために夜通しいたんですか?」
「こんなところに一人で夜通しなんて」
心配そうに声を掛けられてあきれられてもいつもは回る頭が働かない。確かに肩を押されて井戸に……。
──いや、きっと夢だそんなことがあるはずがない。
「そう思うなら、変なことを押し付けないでくれますかね」
と返しながら体を起こし今日の議題を思い出そうとする。殿を待たせては行けないよ、とからかう声を追いながら右肩を摩った。
終